論文

米軍基地との共存に向けて環境特別協定の締結を

去る一月二十日、氷点下の厳寒のワシントンDCで第四四代アメリカ合衆国大統領就任式が行われた。バラク・フセイン・オバマ 四十七歳。アメリカ建国史上初のこの黒人大統領の誕生を、全米各地から集結した一八○万人もの熱狂した民衆が、愛国者となって見守っていた。縁あって式典に招待を受けた私は、この歴史的瞬間に立ち会うことができた。新大統領は選挙戦を通じて、党派、人種、宗教、地域、貧富などで分断されてしまったアメリカをもう一度すべての国民が力を合わせ統合していこう、つまり多様性の中の統一をくり返し訴え続けてきた。オバマ大統領の人格、経験、理念、政策、どれを見ても変革を感じさせるに十分なものである。大統領就任式は、政権交代によって政治が大きく変わっていくという、民主主義の原点を国民が確認し合う壮大な儀式であった。一人の政治家として、大国アメリカの政治がまさに変革する現場を体験できたことはこの上ない幸せである。
さて、この大国アメリカの政権交代をわが日本の政治の進展につなげていかなければと考えるのは政治家として当然の責務であろう。日米両国は「最も重要な二国間関係」と称されるように、同盟国、友好国として、外交、安全保障、経済、貿易など全ての分野でパートナーとして親密な関係にある。しかしながら、同時にどの分野も解決すべきさまざまな課題を抱えているのも事実である。こうした課題をアメリカが政権交代で政策転換する可能性が高い時期に解決に向けて好転させる行動が、いま日本の政治に求められている。特に地方自治体にとって大きな課題が「基地問題」の解決である。
わが国に所在する米軍基地は一三四ヵ所、約一○万二七○○ヘクタールに及んでいる。実に東京二三区の約一・六倍の面積を占めている。広大な米軍基地は、特に神奈川県など人口密集地域で、まちづくりの障害となるとともに市民生活にも大きな影響を与えている。また米軍再編の二国間合意に基づき基地移転や統合が途上にあり、これも地元自治体にとっては大きな問題となっている。
私はこれまで、沖縄県に次ぐ第二の基地県といわれる神奈川県の知事として、また、米軍基地が所在する都道県知事で構成する渉外知事会の会長として、就任以来六年にわたり、米軍基地に起因するさまざまな問題の解決に向けて全力で取り組んできた。安全保障問題は国の専管事項であり、地方自治体には自ずと限界があるのは承知しているが、この小論ではアメリカの政権交代を機会に日本の米軍基地が抱える根本的な問題の打開に向けて私案を提示したい。そして、その解決に向け日米両国政府に対し交渉を始めたい。

日米地位協定の見直し
米軍基地に係る環境問題
環境特別協定を締結しよう

日米地位協定の見直し

米軍基地と地域社会の関係を複雑にしている根本的要因として、日米地位協定の問題がある。日米地位協定とは、日米安全保障条約に基づき、わが国に駐留する米軍の円滑な行動を確保するため、米軍による基地の使用と米軍の地位について規定した協定である。この日米地位協定は、昭和三十五年に締結されてから五○年近くが経つなか、基地をめぐる社会状況などが大きく変化しているにもかかわらず、一度も見直しがされておらず、さまざまな問題点が指摘されている?
まず、基地に起因する環境問題である。大気汚染、水質汚濁、土壌汚染等の環境問題は、周辺住民等の生命、健康に重大な影響を与える可能性があるにもかかわらず、環境問題に関する取り決めは日米地位協定では全く触れられておらず、明確なルールづくりが不可欠である。
次に、米軍人等による事件・事故に対する問題である。残念ながら米軍人による犯罪は後を絶たない。横須賀では昨年三月にタクシー運転手が米兵によって殺害されるという事件があった。横須賀では平成十八年一月にも米兵による強盗殺人事件があり、地域住民の不信や不満が募っている。また沖縄でも、米兵による凶悪な犯罪が頻発し、大きな抗議行動になったこともある。日米地位協定では、起訴前の被疑者の身柄引き渡しが認められておらず、こうした事件・事故が起きるたびに問題となる。
さらに、日米地位協定に規定されている日米合同委員会に、地方自治体は参加できないことから、基地問題の解決に向けての協議に地元の意向が反映されない。環境問題にしても犯罪対策にしても、日常、基地と向き合って暮らしている地元の声が速やかに日米両国政府や米軍に届いてこそヘーより実効性のある対応がとれるはずである。
昨年四月、日米合同委員会のもとに「地域特別委員会」を設置することを私がシーファー前駐日米国大使に直接要請した結果、十二月に日米両国政府、在日米軍と渉外知事会との連絡会議が開かれた。この連絡会議は日米合同委員会の枠外ではあるが、これまでの地方自治体と日米両国政府との関係を考えると、この連絡会議開催は大きな前進であり、大変意義深いことである。
このように多くの課題を抱える日米地位協定について、私はこれまで神奈川県知事、そして渉外知事会の会長として、その見直しの必要性を強く求めてきた。総理や所管大臣に直接会って見直しを働きかけるとともに、政党関係者にも協力を要請してきた。また、米側の理解を得るため、ワシントンDCへ赴き、国防総省、国務省高官に実情を伝え、見直しを要請するとともに、連邦議会議員にも手紙やアンケート調査を通じて理解を求めてきた。
さらには、有識者や国会議員にも参加していただき日米地位協定シンポジウムを開催し、国民の皆様にも理解が広まるよう努めてきたし、在日米軍再編の最終報告にも日米地位協定を見直すことを盛り込むよう求めてきた。
こうした私たちの度重なる要請にもかかわらず、日米両国政府は基地問題の解決に対して、日米地位協定の改定ではなく運用の改善により機敏に対応していくことが合理的であるとの考えを堅持している。しかしながら、運用改善に基づく対応には自ずと限界があるのは明らかである。現状の運用改善では米側に裁量権が残されており、改善内容に基づいた運用が必ずしも担保されないのだ。また、運用改善は問題が発生する都度行われていることから、問題の解決に向けた未然の対策にはなりにくいこともあり、根本的な問題解決にならないのである。
周辺自治体や住民に大きな影響を与え、または与える可能性がある問題については、暖味にせず解決策を日米地位協定に明示するか、国内と同様の解決方法をとるため国内法の適用を日米地位協定に明記することが必要である。
しかし、残念ながら、日米両国政府の考えはいまだ変わらない。こうした状況は、はなはだ不本意であるが、日米地位協定の全体的な見直しが直ちに実施できないのであれば、次善の策として個別課題について「特別協定」を締結し、日米地位協定の実質的な見直しを実現する方法が考えられる。とりわけ、私が「特別協定」の必要性を痛感している課題が環境問題である。

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米軍基地に係る環境問題

環境汚染は時間をかけて進行し、影響が目に見えるようになってからでは取り返しのつかないこともある。基地内の大気も、水も、土壌も、基地の外とつながっている。したがって基地内の環境汚染を放置することは、周辺地域にもさまざまな影響を及ぼしかねないのである。在日米軍は、環境に関するわが国の国内法の基準とアメリカ国内法の基準のうち、より厳格なものを選択するとの基本的な考え方のもと、日本環境管理基準(JEGS)を策定し運用していると説明しているが、その運用実態や調査結果は公表されていない。これでは周辺住民の不安は到底解消できない。こうした不安は、この数年間で現実のものとなってきている。
神奈川県においては、平成十四年五月に、「キャンプ座間のごみ焼却炉の排煙から、日本の基準を最大約四倍上回るダイオキシンが検出された」との報道があり大きな問題となった。県や地元市が、国や米軍に検出数値等の公表を強く要請した結果、環境省を通じて米側の検出数値が情報提供され、国内法の基準を上回るダイオキシンの検出が確認されたのだ。
また平成十八年三月に、やはりキャンプ座間で施設内地下送油パイプから軽油が漏れる事故が発生し、近くの鳩川に油が流出して周辺の取水堰では取水を停止する措置がとられる事態に発展した。米側が調査した結果、燃料タンクの軽油が約七五○○リットル減少していたということである。さらに、その翌月には基地内の溜め池に流出していた軽油が降雨により鳩川に再び流出したため大きな問題となった。この事故では基地側の許可を得て県と市の
職員が立ち入り現場確認が行われたが、国内法令が適用されないため日本側による法令に基づく調査等は行われておらず正確な実態は把握できていない。
こうした環境問題は全国でも発生しており、沖縄県の嘉手納基地では、平成十九年五月に、駐機場周辺で約八七○○リットルのジェット燃料がタンクから漏れたことがわかった。基地の外には流出していないとのことであったが、米側から日本政府に連絡がされたのは事故発生から六日後であった。この事故に際して沖縄県の立入申請は許可されたが、現場からの土壌や水の採取は認められなかった。
これらの例を見ただけでも、米軍のこうした「自主規制」が十分に機能しているとは言い難いことがわかる。それは基地周辺の住民に大きな不安を与えるだけでなく、基地内の米軍人や関係者にとっても好ましいことではないはずだ。しかし、基地内のこうした事実を目の当たりにしたとしても、地元自治体はもちろん、政府でさえ有効な是正措置を求めることができないのが現状である。
環境への影響は目に見えないことも多く、基地内外で詳細な調査をしなければ影響がわからない。それ以上に、影響があると判明してから通報したのでは手遅れになりかねない。問題が発生した際には〈直ちに報告するとともに、基地内外における専門家による立入調査が必要である。米軍に対して国内環境法令が適用(あるいは準用。以下同じ)されれば、問題が発生した際には地元の自治体が直ちに立入調査等を実施し、状況を改善させることができる。例えば、水質汚濁防止法が適用されれば、排出基準を超過した場合には、改善を命じることができる(一三条)し、事故時に適切な措置を講じなかった場合には応急措置を命じることができる (一四条の二)。さらに、施設の状況、汚水等の処理の方法等について報告を求めるとともに、立入調査を行うことができる(二二条)のである。

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環境特別協定を締結しよう

そこで、環境問題に係る特別協定の締結を神奈川県知事として提案したい。具体的には、日米地位協定とは別に個別の国内環境法令の適用を明記した特別協定を締結し、事故時の報告や立入調査等が可能となるよう求めたい。これにより国内と同様の措置を米側に求めることができるようになり、未然防止や再発防止に大いに役立つものと考えている。米軍に国内環境法令を適用すること、そしてそれを特別協定という形で実現することについては、米側から見ても十分納得のいくことであり、実現の可能性はあると考えている,
その理由は、まず、昭和三十五年に締結された日米地位協定はその後一度も改定されていないが、米国内の基地では、環境問題に係る社会情勢や国民意識の高まりを踏まえ、アメリカ環境法令が適用されているということだ。アメリカ国内の環境問題の顕在化は、日本でも同様の傾向にあることを米側は十分理解しているものと思う。すでに原子力艦の寄港に際しては、米軍の協力を得ながら県や市の職員も立ち入り、放射能調査を実施していることを
考えれば、国内環境法令を適用し日本側が立入調査等を行うことについても、米側に抵抗感はないのではないか。
かつて、厚木基地に隣接した民間の産業廃棄物焼却施設からダイオキシンが排出され基地内に影響を及ぼした問題では、米側は事態の改善を求め、日米合同委員会の場で協議が行われた。このことからも、環境問題に対し米側が高い関心を持っていることがわかる。
次に、米国が締結している他国との地位協定、具体的にはボン補足協定において、ドイツの国内環境法令が米軍等に適用されていることだ。日米関係が緊密になるなかで、ドイツとできることが日本でできないということは、むしろ不自然である。
また、米軍への国内法の適用については、当初より交通秩序に関する国内法令が適用されているという前例がある。国内法令の中で、環境法令が初めて適用されるわけではないのである。
さらに特別協定そのものについても前例があり、すでに思いやり予算に係る特別協定が締結されている。米軍に対する思いやりだけでなく環境特別協定により、わが国民、特に基地周辺住民にも思いやりを示していただきたい。
私は日米安全保障体制の重要性は十分認識している。アジア太平洋地域の平和と繁栄を実現するには、日米両国の強いパートナーシップは不可欠であり、日米同盟による米軍のプレゼンスは現状においては極めて重要である。
しかし、環境問題に係る取り組み、つまり、環境特別協定の締結が、米軍の活動を大きく妨げるとは基本的には考えられないのではないか。
基地周辺の環境を守ることは、周辺住民を守るだけでなく、基地従業員や米軍人自身の安全・安心にもつながることである。相互によりよい方法を見つけながら、目に見える形で一歩一歩前進させていかなければならない。
今回、ワシントンDCを訪問した際、私は、国防総省の日本担当スタッフと会談することができた。日米地位協定の改定や環境協定の締結を提案してみたが「運用改善で対応するのが現実的だ」という相変わらずの返答であった。しかしながら、米国の外交・安全保障に対する政策理念は、オバマ政権になってブッシュ前政権のものから大きな変革が試みられている。つまり、外交政策においては、単独行動主義から国際協調主義へ、安全保障政策においては、軍事力というハードパワーに頼りすぎるのではなく、経済、文化、環境、人権といったソフトパワーも重視する、すなわちスマートパワーともいわれる政策理念である。ジョセフ・ナイ氏(ハーバード大学ケネディスクール前学長)が提唱し、オバマ大統領、クリントン国務長官も尊重する新しい理念へのシフトである。
この文脈から考えれば、米軍の基地問題に対しても、国際協調主義のなかで、日本国政府や地元自治体の意見にも耳を傾け、基地周辺の環境問題や基地に起因する問題に対しても関心を持ち、その解決のために日米地位協定の改定や環境協定の締結にも柔軟に対応するという方向が期待できるのではないか。そうした方向に導くためにも、この時期に日本側からの積極的かつ現実的な提案が必要なのである。くり返すが、政権交代期は新しい政策を実現に導く絶好のチャンスである。にもかかわらず日本国政府は、新政権の対日政策がどうなるか心配するばかりで積極的にこちらから政策提案するような姿勢が全く見られない。これでは真のパートナーシップとはとても言えない。
日米地位協定が締結されてから半世紀近くが経過している。この間、環境問題への取り組みは、日米のみならず、世界的に大きな進展を見せた。時代の変化に合わせた改革が今こそ求められている。このような特別協定締結に向けた取り組みは、今後、渉外知事会としても検討していくこととしており、私としても、協定締結に向け改めて行動を起こしていく覚悟である。

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